ハラスメント

介護現場で働く皆さん、「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉を耳にしたことはありますか?近年、介護職員が利用者やその家族から受けるハラスメントが問題となっています。

今回は、介護職が直面するカスハラの実態と、その対策について詳しく解説します。


カスハラとは?

カスハラとは「カスタマーハラスメント」の略で、利用者やその家族が、サービス提供者に対して行う理不尽な要求や暴言、暴力などのハラスメント行為を指します。介護業界においては、職員が高齢の利用者やその家族と密接に関わるため、このカスハラが発生しやすい土壌があります。

なぜ介護業界でカスハラが起きやすいのか?

介護は、人と人との距離が非常に近く、かつ長時間にわたることが多い仕事です。また、利用者は身体的・精神的に不自由な状態にある場合が多く、家族も精神的・経済的な不安を抱えていることが珍しくありません。

そのため、「不安」「苛立ち」「怒り」といった感情が介護職員に向かってしまうことがあります。

典型的なカスハラの例

① 暴言・罵倒

「こんな若造に何がわかるんだ!」「あんたの世話なんか頼んでない!」

職員の対応に少しでも不満を感じると、怒鳴ったり人格を否定するような言葉を投げかけてくるケースがあります。これは精神的なダメージが大きく、長期間続くとメンタルに深刻な影響を与えます。

② 威圧・脅迫

「次にミスしたら上にクレーム入れるからな」「SNSに悪評を書いてやる」

介護ミスがないにも関わらず、必要以上に責め立てたり、脅し文句でスタッフをコントロールしようとする家族もいます。

③ 身体的暴力

叩く、蹴る、爪を立てる、唾を吐く

認知症のある利用者が思わず暴れてしまうこともありますが、中には意図的に手を出してくるケースもあります。

④ セクハラ

「いい体してるね」「今日はパンツ何色?」などの性的発言
わざと身体に触れてくる、スキンシップを装った不適切な接触

特に女性職員がターゲットになりやすく、若い職員に集中する傾向も見られます。

悪質なケースでは犯罪行為になることも

カスハラの中には、もはや単なる「苦情の範囲」を超え、明確に「暴行罪」「脅迫罪」「名誉毀損」「強制わいせつ」などの犯罪にあたるものも少なくありません。

介護職員は「利用者が相手だから」「仕事だから仕方ない」と我慢しがちですが、明らかに不当な言動には毅然と対応することが必要です。

このように、カスハラとは単なる「クレーム」ではなく、職場の安全と職員の人権を脅かす深刻な問題です。

カスハラが介護職員に与える影響

カスハラは、介護職員の心身に深刻な影響を与えます。身体的暴力により怪我を負ったり、精神的暴力によってストレスや不安を抱えたりするケースが少なくありません。長期的にカスハラにさらされることで、バーンアウト(燃え尽き症候群)に陥るスタッフもいます。

こうした状況は、介護職員の離職にもつながっています。公益財団法人介護労働安定センターが行った調査では、介護職員の約4割が「利用者からの暴言・暴力」を離職の理由に挙げています。

カスハラへの対策

介護の現場でカスハラが起きたとき、「しょうがない」と我慢してしまう職員さんも少なくありません。しかし、黙っているだけでは状況は改善されず、心身の負担が積み重なっていきます。だからこそ、組織としても個人としても、しっかりとした対策が必要です。

1. ハラスメント防止方針の策定と明文化

まず最初に必要なのは、事業所として「ハラスメントを許さない」という方針を明確にすることです。例えば:

  • 就業規則に「カスハラ防止条項」を盛り込む
  • 利用者との契約書に「ハラスメント行為が確認された場合は利用停止の可能性がある」と明記する
  • 施設内の掲示板に「介護職員への尊重をお願いする掲示物」を出す

こうした“ルール化”は、職員を守る盾になると同時に、利用者への牽制にもなります。

2. スタッフへの定期的な研修・ロールプレイ

「どこからがカスハラなのか分からない」「言い返すとトラブルになりそうで怖い」という声は多いです。そこで大事になるのが、具体的なケースを使った研修です。

  • 実際のカスハラ事例(暴言・セクハラ・不当な要求など)を使ったグループディスカッション
  • 「もしこの場面で言われたらどう対応するか?」というロールプレイ
  • 心理的に追い詰められたときに相談できる仕組みの確認

現場対応に強くなるためには、“知識+練習”が必要です。

3. 利用者・家族への丁寧な説明

契約の初期段階から、利用者やご家族に「ハラスメントに関するルール」をしっかり伝えることが重要です。説明する際は、感情的にならず、事務的かつ誠実に対応するのがポイント。

例:

「当事業所では、職員が安心して働ける環境を守るため、暴言や暴力・不適切な接触等があった場合には、ご利用を中止させていただくことがございます。」

パンフレットや契約書に記載するだけでなく、口頭で確認を取り、理解と同意を得るプロセスも重要です。

4. 職員向け相談窓口の設置・活用

「我慢せず、すぐに相談すること」が鉄則です。以下のような体制を整えましょう:

  • 施設内に“カスハラ相談窓口”を明記
  • 匿名での報告・相談ができる投書箱やメールフォームの設置
  • 相談を受けたら、速やかに上司や法人本部へ報告するルール

さらに、月1回など定期的にヒアリングの時間を設けることで、言いづらいことも言いやすくなります。

5. 外部の関係機関との連携強化

カスハラが深刻化する前に、外部の専門機関とつながっておくことがとても大切です。

  • ケアマネジャー:利用者・家族への指導や調整役として動ける
  • 医師:認知症や精神疾患が絡む場合、医学的なアプローチが有効
  • 地域包括支援センターや市町村:家庭環境の介入が必要な場合も
  • 弁護士:悪質な言動に対し、法的措置が視野に入るときの相談相手

連携は「最後の手段」ではなく、「早期対応のためのチームづくり」として機能させましょう。

実際に効果があった現場のカスハラ対策例

① 利用者との「契約更新時チェックシート」の導入(特養・A施設)

背景

A施設では、一部の利用者家族が職員に無理な要求を繰り返すことでスタッフが疲弊していました。

対策内容

契約更新のタイミングで、「ご利用にあたっての注意事項」シートを配布。
そこに、「暴言・無理な要求・セクハラ行為は契約解除の対象になる」と明記。

効果

利用者家族の中に「これは言い過ぎだった」と自省する声が増え、スタッフのストレスも減少。
「書面で見せることの抑止力」を実感。


② 月1回の職員向け「安心して話せる会」の実施(グループホーム・B施設)

背景

小規模なグループホームでは、カスハラを受けても「少人数だから言いづらい」という空気がありました。

対策内容

月1回、「愚痴や相談を安心して話せる場」を施設長主導で開催。
匿名の投書ボックスを設置し、内容に応じて施設長・主任が個別にフォロー。

効果

「この前、●●さんの対応でつらかった」という本音が出やすくなり、他職員がサポートしやすくなった。
チームの結束力もアップ。


③ 外部専門家による「カスハラ対応講座」の実施(老健・C施設)

背景

認知症利用者からの暴力・暴言に対して、若手職員が萎縮してしまっていた。

対策内容

介護現場に詳しい心理士・弁護士を招いて、「カスハラとクレームの違い」「対応の仕方」「メンタルケアの基本」などを学ぶ研修を実施。

効果

「これは私のせいではない」「一人で抱え込まなくていい」というマインドが広がり、離職率が低下。
新人職員の定着にもつながった。


④ ICレコーダーの導入と「記録文化」の確立(デイサービス・D施設)

背景

一部の家族が「職員が暴言を吐いた」など事実無根のクレームを入れてくることがあった。

対策内容

送迎車や事務室での会話を、同意のもとICレコーダーで録音。
また、トラブルが発生した際には「いつ」「どこで」「誰が」「どう言われたか」詳細に記録するルールを徹底。

効果

職員の安心感が向上するとともに、虚偽クレームへの冷静な対応が可能に。
利用者家族も「下手なことは言えない」と抑止効果。


どの事例も共通しているのは「ルールの明文化」「職員の声を拾う場の設置」「外部との連携」という3つの柱です。小さな施設でもできる工夫はたくさんあります。

「うちの職場はまだ何もできていない…」という場合でも、まずは「今日からできる一歩」を意識して取り入れてみてくださいね。

まとめ

介護現場におけるカスハラは、介護職員の心身に大きな負担を与え、離職の原因にもなっています。カスハラを防止し、職員を守るためには、事業所全体での取り組みが必要です。

ハラスメント防止方針の策定、スタッフへの研修、利用者への説明、相談窓口の設置、関係機関との連携など、多角的な対策を講じることで、安心して働ける環境を整備していきましょう。