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介護職といえば「人と関わる仕事」「やりがいがある仕事」というイメージが強いですが、実際には体力仕事としての側面も無視できません。特に「運動量」に注目すると、オフィスワークなどと比較して格段に多く、場合によっては1日1万歩以上を超えるケースもあります。
この記事では、介護職の平均的な運動量や、身体的負担、そして体力的に無理なく続けるための対策について、現場のリアルに基づきながら詳しく解説していきます。
1. 介護職の運動量の実態とは?
平均歩数・移動距離
介護職は施設内外を1日中移動することが多く、平均歩数は8,000~15,000歩程度。立ち仕事・移動・屈伸・持ち上げ動作などが頻繁に発生し、デスクワークの約3~5倍のエネルギー消費があるとされています。
労働時間と運動の関係
特別養護老人ホームや訪問介護などでは、8時間の勤務中ずっと動きっぱなしというケースも珍しくなく、特に排泄介助や入浴介助の時間帯は運動量のピークです。
2. なぜ介護職は運動量が多いのか
介護職は、単に「体を使う仕事」というだけでなく、あらゆる業務の中に運動が組み込まれていることが特徴です。以下では、その理由を【業務内容別】に詳しく見ていきます。
2-1. 身体介助業務に伴う多様な動作
移乗介助(ベッド⇔車椅子・トイレ・入浴など)
- 利用者の体を支える・持ち上げる・引き寄せる・起こすといった全身運動を伴う
- 利用者の体格や動きの癖に応じて常に筋力とバランス感覚が必要
- 1日に平均10~20回程度の移乗をおこなうこともあり、これだけでかなりの運動量
排泄介助
- 利用者をトイレまで誘導したり、おむつ交換やポータブルトイレの対応など
- 腰を落とした姿勢や横から支える体勢が多く、中腰での作業が継続するため腰・脚への負担が大きい
入浴介助
- 脱衣・洗身・湯船への移乗・着衣などをサポートしながら滑らないよう常に注意を払い、手足を頻繁に使う
- 湿度が高く発汗量も多くなるため、運動量と同時に熱中症リスクも増加
2-2. 常に「歩く・移動する」業務スタイル
施設内の巡回・ナースコール対応
- 平均して1時間に数百メートルから1km以上の歩行になることも
- ナースコールの頻度が高い施設では、1日1万歩以上は珍しくない
食事介助・見守り・環境整備
- 食堂へ誘導したり、配膳や食器片付け、テーブル拭きなどで前かがみ+移動の反復
- 廊下や部屋の移動で、1日のうちに階段昇降を何十回も行うケースも
2-3. 訪問介護における移動負荷
- 訪問介護員(ホームヘルパー)は自転車や徒歩での移動が基本
- 1日に5~8件程度を回るため、累計3~7km前後の移動距離に達することも
- 住宅によっては階段移動、重いドア、狭い空間など負荷の大きい環境でのケアが発生
2-4. 職種・施設形態による運動量の違い
職種・施設形態 | 運動量の目安 | 特徴 |
---|---|---|
特別養護老人ホーム | 非常に多い(1万歩超) | 身体介助が中心、重度利用者が多い |
有料老人ホーム | 多い~中程度 | 介助の必要度によって変動 |
デイサービス | 中程度 | リハビリ補助や送迎、活動の見守り |
訪問介護 | 中~多い | 外出・移動負荷+身体介助 |
グループホーム | 多い | 家庭的環境での生活支援が中心。掃除や調理も含む |
サービス付き高齢者向け住宅 | 少なめ~中 | 生活援助が中心、身体介助は比較的少ない |
2-5. 精神的な緊張が“無意識の筋緊張”を生む
- 常に「転倒させないように」「利用者の様子を把握しながら」動く必要があり、精神的に緊張した状態が続く
- 結果として筋肉が無意識に緊張し続け、疲労が蓄積しやすい
2-6. シフト制+夜勤で生活リズムも運動負荷に影響
- 夜勤中もコール対応・トイレ誘導・巡回があり、深夜でも運動が伴う
- 生活リズムが崩れやすく、体力回復が遅れることで疲労が蓄積しやすい
2-7. 結論:介護職の運動量は「見えない筋トレ」状態
介護職は、意識していない間にも全身運動を繰り返している職業です。
ベテラン職員ほど「運動しているつもりがなくても、1日動きっぱなしだった」と語ることが多く、まさに見えない筋トレといえます。
3. 運動量が多いことのメリットとデメリット【身体・健康・職業継続性の視点で分析】
介護職は「デスクワークより動く分、健康的」と思われがちですが、実際には運動ではなく労働としての身体負荷であることに注意が必要です。以下に、実際の影響を詳細に整理します。
3-1. メリット:身体を動かすことが健康に寄与する側面もある
有酸素運動と代謝向上
- 歩行・階段昇降・介助動作を通じて、自然と中程度の有酸素運動を継続的に実施できる
- 継続すれば体脂肪燃焼や血糖値の安定に寄与する
健康維持・生活習慣病予防に有効
- 1日1万歩以上の歩行や立ち作業が、高血圧・高血糖・高脂血症の予防に役立つ
- 定期的に体を動かすことで便秘の解消や睡眠の質の向上も期待できる
運動習慣がない人でも“習慣化”しやすい
- 日常の業務が運動の代わりになるため、意識的にスポーツを行うのが難しい人でも無理なく運動習慣が形成できる
3-2. デメリット:過剰な負荷は逆に健康リスクにも
疲労蓄積と慢性疲労
- 疲労が蓄積すると、倦怠感・集中力低下・ケアの質低下など連鎖的に悪影響が出る
- 休憩の取りづらいシフト、時間外対応により体が回復しきらないまま次の勤務になることも多い
腰痛・肩こり・膝痛などの慢性障害
- 特に「中腰での作業」「無理な体勢での介助」は、腰椎や関節に長期的なダメージを与える
- 腰痛は介護職の離職理由の上位常連でもある(厚労省調査より)
精神的ストレスと相乗して不調を招く
- 身体疲労+心理的プレッシャーが重なることで、交感神経が過剰に働き不眠・食欲不振・心身症を誘発
高齢者ケアなのに、自身の健康を損ねる皮肉
- 「高齢者の健康を支える」立場であるにも関わらず、職員自身の体が先に限界を迎えるケースもあり、深刻な課題
4. 運動量の多さが原因で起きるトラブル例【身体面・心理面・職場環境別に徹底解説】
介護職における「高い運動量」は、健康維持にプラスに働くこともありますが、過剰な負荷やケア不足が続くと様々なトラブルを引き起こします。以下では実際に多く見られるトラブルを分類し、それぞれの特徴と予防策を紹介します。
4-1. 【身体的トラブル】
腰痛・肩こり・筋肉疲労(職業性筋骨格系障害)
- 中腰・無理な姿勢での移乗介助、長時間の立ち仕事によって筋肉・関節への持続的負荷が発生
- 特に腰椎椎間板ヘルニアや肩の腱板損傷といった重度の疾患に発展することも
膝関節・股関節の痛み
- 利用者を支えるために膝をつく動作やしゃがみ込みが多く、関節への負担が継続
- O脚や関節炎を発症するケースもあり、早期対応が重要
転倒・打撲
- 濡れた床や利用者との接触、夜勤時の疲労状態による視野や判断力の低下が原因で転倒事故が起きる
- **「職員自身がケガをする」**ことも重大なリスク
4-2. 【精神的・心理的トラブル】
慢性的な疲労感・燃え尽き症候群
- 「体力的にも精神的にも余裕がない」状態が続くと、モチベーション低下や感情のコントロール困難に
- 特に新人や夜勤の多い職員に多く、離職につながる要因
睡眠障害・集中力の低下
- 交代制勤務や夜勤明けの睡眠不良が続くことで自律神経が乱れ、日中の集中力や判断力が低下
4-3. 【職場環境・業務上のトラブル】
業務ミスの増加
- 疲労による集中力の低下から、記録漏れ・誤薬・介助ミスなど、利用者に関わる重大なミスの可能性が高まる
人間関係の悪化
- 身体的な疲労が精神的余裕を奪い、職員間の衝突・報連相の不足など、チームワークにも影響を及ぼす
5. 運動量に耐えるための体力づくり【実践的対策と習慣化のコツ】
5-1. 必須なのは“筋力+柔軟性+回復力”の三位一体
介護職の運動負荷に耐えるには、「筋トレだけ」「ストレッチだけ」では不十分です。下記の3要素をバランスよく鍛えることがカギです。
5-2. 筋力をつける:介助時の負荷を支える“体幹・脚力”
推奨トレーニング例
- スクワット(太もも・臀部強化)
→ 1日10回から開始。中腰姿勢の安定性向上 - プランク(体幹強化)
→ 姿勢保持や腰痛予防に効果的。30秒×2回から - かかと上げ(ふくらはぎ強化)
→ 長時間の立ち仕事でも足が疲れにくくなる
ポイント
- トレーニングは業務後に数分でもOK。継続が最も重要
5-3. 柔軟性を高める:疲労軽減・ケガ予防に直結
重点ストレッチ部位
- ハムストリング(太ももの裏)
- 腰背部・肩甲骨まわり
- 股関節周辺
方法
- 朝出勤前と夜入浴後に各部位20秒ずつの静的ストレッチ
- ラジオ体操を取り入れるのも効果的(全身を動かす構成)
5-4. 持久力を養う:一日中働ける“スタミナ”の確保
- 週2回程度のウォーキング(20~30分)
- 階段昇降トレーニング
- 無理なくできる範囲から始めることで心肺機能の強化が可能
5-5. 食事と睡眠:回復力を底上げする基盤
食事
- 炭水化物・たんぱく質・ビタミンB群を中心にバランスよく摂取
- 疲労回復には豚肉・納豆・バナナ・玄米などが有効
睡眠
- 睡眠不足は筋疲労の回復を妨げ、集中力・判断力の低下にも直結
- 交代勤務制の職員は、昼寝や仮眠の質を意識して確保
5-6. 体のケアを日常に組み込む工夫
- 腰痛ベルトやインソールの活用
- マッサージや鍼灸などの定期的メンテナンス
- 入浴時に湯船で筋肉を温める習慣を
5-7. 施設全体での“体力消耗の平準化”も必要
- 重い業務を一人に偏らせない勤務シフト
- 機器(リフトやスライディングシート)の導入
- ケア記録や移動のIT化で“無駄な歩数”の削減
6. 負担を軽減するための工夫とツール【個人・施設・ICT・制度の4側面で対策を整理】
介護職が無理なく働き続けるには、単に「気合い」で頑張るのではなく、体の負担を減らすための仕組みとツールの導入が不可欠です。以下では個人・チーム・テクノロジー別に具体策を解説します。
6-1. 【個人でできる工夫】
動作の基本に“ボディメカニクス”を活用
- 人体の重心・筋力分散・重力の使い方を活かして「少ない力で安全に動かす」技術
- 例:膝を曲げて腰を落とす/利用者を自分に引き寄せてから持ち上げる
動きやすい服装と靴の選定
- 靴はクッション性・滑り止め付き・通気性の高いナースシューズ
- 動作に制限を与えないストレッチ素材のユニフォームがおすすめ
6-2. 【施設全体での業務改善】
重度介助は2人1組体制にする
- 移乗・入浴・体位交換など、リスクの高い作業を1人で行わないルール化
- 介護事故の防止だけでなく、職員の身体負担軽減にも大きく寄与
シフト管理の見直し
- 身体的にきつい業務が一部の職員に偏らないように分散
- 連勤・夜勤後のシフトを休養中心に設計する工夫も
6-3. 【介助補助ツールの活用】
リフト・スライディングボード・スライディングシート
- 利用者の体重を支える負荷を50~70%以上軽減
- 高齢者施設や病院では積極導入が進んでおり、腰痛予防効果が実証
電動ベッド・昇降機能付き椅子
- ベッドの高さ調整で介助時の前かがみ姿勢を軽減
- 椅子からの立ち上がりを支援する椅子は、移乗時の負荷軽減に効果的
サポーター・コルセット
- 腰部や膝への負荷が集中しやすい介護職では、物理的サポートツールが必須
- ただし長期使用による筋力低下に注意。業務中の一時的利用が望ましい
6-4. 【ICT・業務効率化ツールの導入】
タブレットや音声入力による記録の簡略化
- 介護記録・バイタルチェックの入力をスマホや音声で行うことで移動や作業の重複を削減
見守りセンサーの活用
- 転倒リスクや離床を自動で感知するセンサーを使えば、巡回の回数削減と労力軽減が両立
スケジュール自動管理ツール
- 日々の業務が見える化され、時間管理がしやすくなることで職員の混乱やムダな動きを削減
6-5. 【制度的サポートの活用】
腰痛予防対策支援補助金(厚労省)
- 福祉用具の導入にかかる費用を補助する制度(例:リフト導入費の最大3/4を助成)
介護職員の労働安全衛生対策のガイドライン遵守
- 適切な人員配置・休憩管理・健康診断等の実施が法的に推奨
7. まとめ:運動量を理解して長く働くコツ
介護職は、他の職種と比較して圧倒的に運動量が多い仕事です。
1日1万歩を超える歩行、持ち上げ・中腰・屈伸といった反復動作、そして肉体だけでなく精神的なエネルギーも使う職業です。
しかし、運動量=ネガティブな負担と捉えるだけではありません。
介護現場で日々の仕事をこなすことは、自然と全身運動や筋力トレーニングになり、ある意味で「健康的な職業」でもあるのです。
とはいえ、無理をすれば身体を壊し、仕事を続けられなくなるリスクも常に潜んでいます。だからこそ、以下のような“バランスの取り方”が重要です。
運動量をポジティブに活かすコツ
- ボディメカニクスを学び、正しい動きで負担を減らす
- 施設の補助機器やICTを活用して“手数”を減らす
- 筋力・柔軟性・スタミナ・回復力のバランスを整える
- 定期的に自身の体調や疲労を“見える化”する習慣をつける
職場環境に働きかける姿勢も大切
- 「1人で無理しない」「2人介助を徹底」といったチームワーク意識
- シフトや業務分担の偏りを改善する提案
- 制度(助成金・研修・福利厚生)を積極的に活用する知識
長く介護の仕事を続けたいと願うなら、「根性」で頑張るのではなく、“正しく動き、賢く休む”という視点が必要不可欠です。
運動量の特性を知り、自分の体と向き合いながら、プロフェッショナルとして長く活躍できる土台づくりを心がけましょう。